奇跡は今も起きていることに、疑いの余地はありません。しかし、前にも書いたように、人の求めに応じて自由に奇跡を起こせるかのように思っている人々に対して、私は不審の念を持っています。私がとても恵まれていると思うのは、驚くべき神の力を自分自身が体験し、また親友の体験を通して知っていることです。中でも際立っているのは、ジム・デイビスという友人が1970年に家族とイエローストーン国立公園に行った時の出来事です。ジムは、フォーカス・オン・ザ・ファミリーのラジオ放送の中でその体験を話してくれました。その概要は以下の通りです。
「妻も私もクリスチャンホームに育ち、祈りの力については十分教えられてきました。でも2人とも、主とともに歩んでいるとはとても言えない状態でした。一緒に祈ることもなく、家庭礼拝の場も持ちませんでした。ところが、ちょうどその頃、妻が見事に変えられ、神に再献身し、私のためにも祈り始めていたのです。彼女は、私のために注解引照付き聖書も買ってくれました。それで私もみことばを学び始め、心も柔らかくされはじめてはいましたが、霊的にはまだまだ未熟でした。
その夏、4組の友人夫婦と一緒にイエローストーン国立公園で休暇を過ごしました。2日目に早速何人かでアルミ・ボートに乗って釣りに出かけました。ある奥さんがマスをつり上げて、さて網に取り移そうと乗り出したとたん、メガネが落ちてしまいました。あっという間に湖の底へ底へと沈んでいったのです。休暇が始まったばかりなのにと、彼女は困り果てました。メガネなしではドライブも読書もできなかったのです。その上、メガネがないとひどい頭痛に悩まされるのです。
その夜は皆、メガネの話に熱中し、困ったねえと話し合っていました。すると、妻が突然こう言うのです。
『困ったことなんてないわ、ジムはスキューバ・ダイビングの名人だから、きっと行って見つけてくれるわ』
『おいおい、いいかげんなこと言うなよ』と私。
『イエローストーン湖の湖岸は周囲275キロ以上もあるって知ってるかい。その上、木という木はみんな針葉樹で、どこを見てもみな同じように見えるという始末だよ。どうしたって、今日メガネを落としたところに戻るなんて不可能だね。しかも水は死ぬほど冷たいときてる。10度ですよ。水上スキーさえ禁止なんだ。それにウエット・スーツを持ってきていない。フィンとスノーケルだけだよ』
どんなに頑張って言っても、だれも聞いてやしません。妻は、メガネのところに主が導いてくださるように祈るからね、と耳打ちするのです。 何を言っているんだ、と私は思いました。
翌朝、私たちはボートに乗り込み、岸から1.6キロ程までこぎ進みました。
『えーと、どこで落としたと思う』と私が聞くと、誰かが『この辺だったと思うよ』と答えます。
というわけで私は水の中に入りましたが、ああ、その凍るような冷たさ! ロープにつかまって水の底に目を据えている私を、ボートが引っ張り回すというやり方です。水は3メートル位の深さで澄み切っていました。15メートル程の幅を決めて、行ったり来たり、掃くように捜索したのです。
20分ほどすると、私は体の芯までこごえていました。短く祈りました。主よ、もしメガネのありかをご存じでしたら、教えてくださるといいんですが。主が教えてくださるとはとても思えませんでした。何しろ大きな湖ですから。
ところが、私の中でかすかな声がしたのです。
『わたしはどこにあるか知っている。ボートに乗りなさい。そこまで連れていこう』と。
照れくさくて、このことは誰にも言わず、またしても20分たちました。私はただブルブル震えていました。私は、主にこう言いました。『主よ、メガネのありかはまだご存知ですか。もしそうなら、私はボートに乗り込みましょう』
私は、友人たちに叫びました。『ここじゃないよ、あそこだ』
私はボートに戻り、主が私に示してくださったと思われる1点を指さしました。操縦していた友人は『いいや、あそこまでは行かなかったんだ』と答えました。しかしとにかく進んでもらい、私は『ストップ、ここだ、ここがその場所だ』と止めました。
再び飛び込んで底を見ると、なんと私たちはメガネの真上にいたのです。私は底まで潜っていき、そのごほうびを持って上がってきました。神が祈りに応えてくださった、疑う余地のない体験でした。私を霊的に燃え立たせるに十分であったのは言うまでもありません。しかも、これは妻や友人たちにもすばらしい証しとなりました。イエロー・ストーン湖の底でキラッと光ったあのメガネを、私は決して忘れないでしょう」
あまりに劇的な話ですが、信憑性は私が請け合います。湖での、この驚くべき日を覚えている目撃者もたくさんいるのです。しかし、なぜ主がこういう形でご自分をお現しになったのか、なぜもっと頻繁にこういうことをしてくださらないのか、私には答えられません。明らかに、主には主のご計画と目的があり、それは私たちの知る由もないことなのです。
神が不思議な方法で働かれる例として、もう一つ興味深い実話を披露させてください。1945年、第二次世界大戦直後のことでした。クリフという若い伝道者とフィアンセのビリイの話です。2人は貧しいながらも、これから始まる結婚生活を心待ちにしていました。持ち金をはたいて簡単な式を挙げ、列車の片道切符を2枚買いました。行き先の町で、伝道集会を開くよう依頼されていたからです。この旅行をハネムーン代わりにしようと計画しました。宿泊先は町近くのリゾート・ホテルです。
ところが列車からバスに乗り継ぎ、ホテルの前で降りると、そこは軍のリハビリセンターとして接収されており、泊まり客は入れてくれませんでした。2人は見知らぬ町で立ち往生してしまいました。手持ちのお金は合わせて数ドル。近くのハイウェーでヒッチハイクするより他ありません。まもなく車が1台止まってくれ、運転している人が行き先はと聞きました。
「実は分からないんです」と2人は答え、事情を話しました。男は同情を示し、考えがある、と言います。
「この道をしばらく行くと、知り合いの夫人が食料品店を開いている。その2階には使っていない部屋が2つあるから、もしかしたら安く泊めてくれるかも知れないよ」と。
ぜいたくを言っている場合ではありません。2人はとにかく連れていってもらいました。
店の主人は5ドルで部屋を貸してくれました。その部屋での第1日目の午後、新婦はピアノの練習に、新郎は持参のトロンボーンの練習に励みました。店主は揺り椅子に身を任せて耳を傾けていました。2人がクリスチャンだと知ると、彼女は知り合いに引き合わせてくれ、その友達という人が、ハネムーンの残りは自分の家で過ごしなさいと招いてくれたのです。数日後、その人はある若い伝道者が近くのクリスチャン・コンフェレンス・センターで話をすると教えてくれました。2人は参加するよう招かれました。
その夜の賛美指導者がたまたま病気であったため、代わりに集会の賛美指導をしてくれと、クリフは頼まれます。なんという歴史的な瞬間でしょう! この伝道者が、若き日のビリー・グラハムで、この新郎がクリフ・バローズです。2人はその晩、初めて出会い、生涯を通じての協力関係が形作られました。クリスチャンの世界では周知のことですが、バローズ夫妻はその夜以来、ビリー・グラハム伝道協会のスタッフとして世界中の何千というクルセードで主に用いられてきました。有名なアナウンサーのポール・ハービーならば「それからの物語は・・・・皆さんがよくご存じです」と締めくくるところでしょう。
この、生涯わかつことができないチームを会わせるのに、主がどれほど多くの出来事を次々と用いられたか、実に驚くばかりです。人は偶然と言うでしょう。しかし、私はそう思いません。神の御手が働いたとしか思えないのです。
聖書の時代のように、奇跡は今も起こるのでしょうか。起こります。しかし、それはたいてい私たちが信仰を働かせることを必要とする形で起こるのです。たとえ奇跡を目の当たりにしても、それが本当かどうかを信じるか信じないかは、その人自身の選択にかかっています。私は信じるほうを選びます。
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