コール・テモテ
「今の言い方、父さんそっくり。」
「文句あるんかよー。おれ、父さんのようになってもいいと思ってん
だから。」
16歳の次男が侮辱のつもりで18歳の長男に向けた発言がこの驚くような反応を引き起こすとは、自分が聞き間違えでもしたのかと思ったのですが、そうではありませんでした。ここ数年の態度からすれば、父親のようにだけはなりたくなさそう、と思わせる長男が内心はそうではなかったのでしょうか。
この会話を思い出して気が付いたことです。子どもはいやでも自分の親の姿を反映するということー考え方も、価値観も、話し方も、人間関係の持ち方も、顔の表情までも影響されているんです。それほどにも親子の関係がインパクトを与えるものなのです。
多くの人々は親の子どもに対する影響は主に子どもが小さい時に限られていると考え、誤解しています。確かに子どもたちが大きくなるにつれて友達の影響、メディアの影響、学校の先生の影響が増し加わることは事実ですが、心理学者たちによると大人になるまでの、どの年齢であっても、親が誰よりも自分の子どもをに影響する可能性を持っていると主張しています。しかしその可能性をどう生かすのかが親たちの大切な課題なのです。多くの親は実にその可能性を無駄にしていると言って良いでしょう。例えば、2000年度の厚生労働省の調査によりますと、40代の男の人たちが子どもたちと向き合っている平均時間数は平日は1日1分だけであったそうです。共にする時間がたったの1分なら影響する可能性を生かすことは全く出来ません。
逆に親が子どもに良くない影響を及ぼす可能性が大きいことも事実です。最近の研究によると親が離婚した場合にはその影響は小さい子どもだけにではなく、十代後半や二十代前半の子どもにも及び、子どもにおける様々な精神的な病の原因となることが明らかになっています。また、子どもが親に虐待されたり、健全な愛情を受けなかったたりすることが、多くの場合には子どもに性的なアイデンテティの混乱を引き起こし、性同一性症候群や同性愛になる傾向の原因になったり、無闇な性行動に走る傾向の原因になったりすることも明らかです。
最近では日本各地で家庭内や子どもに関係するトラブルが急激に増えています。家庭内暴力、ひきこもり、登校拒否、キレル子ども、援助交際等が私たちの身近に見られますが、多くの場合にはその原因は単純に親の子どもに対する関わりが少なすぎるか、関わり方が間違っているかのどれかです。そこで親が子供に良い影響を及ぼし、立派に育てていくにはどういう要因が一番大切なのかを考えてみましょう。
1.まずは積極的に、又計画的にどの年齢であろうと、子どもにかかわる努力をすることです。私も子どもが5人いますが、まだ小さい時には必ず毎週土曜日の午後には家族でどこかに遊びに行く習慣を持っていました。プールや公園、スキーやテニス、友人の家族とバーベキューやハイキング等を、どんなに忙しくてもするようにしていたのです。ところが、ちょうど長男が小学校に上がろうとしていた時期に教会の牧師をしていた私が教会の会堂の建設にかかりました。大工さんやボランティアの人たちが土曜日も仕事をしてくれると私も一緒に仕事しない訳にはいきません。すると9ヶ月以上土曜日の時間だけでなく、平日の夜まで子どもにあまりかかわらない時間が続いてしまいました。会堂の完成のお祝いをした日、長男は近くの工場の大きな窓十数枚に石を投げて片っ端から割ってしまいました。数日後には近くのゲートボール場の小屋の窓も割ってしまいました。結局自分を無視し続けていた父親に対してのフラストレーションを表していたようです。子どもにかかわるためには時間が必要です。親たちがその時間が無駄ではなく、逆に重要な投資であることに目覚め、それを生活の優先順位のトップの一つとして考える様にならなくてはなりません。
2.次に子どもとの信頼関係を築いていくことです。それはコミュニケーション、そして特に子どもの話や心の状態をよく聞き取るところから始まります。私は教会の牧師を15年間もしていて、今も毎週講演会をしているので「お説教」は得意です。そして知らないうちに子どもに対してもよく説教をしてしまうものです。それは必要な時もありますが、一般的には良い信頼関係には至りません。子どもの気持ちに共感したり、子どもにとって身近な話題について語り合い、自然に話を聞くのが鍵なのです。私の経験では子ども
が寝る前の時間は特に良いコミュニケーションの機会です。又、食事中もテレビを切って、本や漫画やおもちゃをテーブルにもってこない習慣にするならば、有意義な語り合いの場になりうるのです。「今日は何が一番良かった?」「何が一番つらかった?」のような質問から話しはじめてはいかがでしょうか。
3.三番目は子どもに生きるための方向性を与えることです。私たちはどういう目的で生まれて来て、何のために生きるのか。死後はどうなるのか。人生において何が一番大切なのか。何が正しいことで、何が悪いことなのか等を普段の生活の流れの中で意識的に子どもに伝えていかなければなりません。私は牧師として教会でいつも聖書の話をしていましたし、今もよくしますが、聖書は私たち全てが唯一の創造者の神に造られ、神から生きる意味を与えられていることを教えています。しかも神は全ての人間を愛し、私たち一人一人に限りない価値を与えていることも教えています。その神が私たちの生きるべき道を聖書のなかに表しておられるのです。子どものしつけや方向付けはこの根拠がなければ、効果が限られて来るのです。
4.四番目は親の模範です。お父さん、お母さんが嘘をついたり、お金の不正をしたり、性的にルーズであったり、怒ったり、酒に酔ったり、暴力を振るったり、知人の裏話等をしていますと、その行為がいつのまにか子どもに鏡のように反映されてきます。これをしみじみと感じさせられたのは家の子どもが免許を取って運転し出した時でした。お父さんから見習った良くないくせが驚くほど子どもに身に付いていたのです。子どもに非難されるところが無い、誠実な模範を示す親はその子どもに高価な宝を授けるのです。
5.最後の要因は両親の夫婦関係です。日本に長年暮らしたイギリス人で家庭問題のエキスパートでありますパトリック・マケリゴット博士は言います、「親が子どもに差し上げられる最大のプレゼントはお父さんがお母さんを深く愛することです」。私と妻の間にしばらく緊張した関係が続いた時期がありました。そのころ、大学生になったばかりの長女と結婚について話をしていた時、彼女は「私は結婚はしたくない。」と言ったので、「お父さんとお母さんの関係はどう思う。」とたずねたところ、「あまり楽しそうじゃない。」と返ってきました。私たち夫婦の課題がやはり娘を不安にしていたことに気が付きました。多くの夫婦に子どもが出来ると子どもが中心になって、夫婦関係は成り行きまかせになってしまいます。するとそのうち愛情が冷えてきて、二人の間に隔たりが大きくなってきます。それを肌で感じる子どもたちは心が不安になり、その影響が勉強や睡眠や健康や人間関係に現れてきます。子どもとの関係と同様、健全な結婚関係を維持することには時間とエネルギーを要します。でも最終的には良い実を結ぶのです。
私がこれまで述べてきたことは常識のようなことで、結構実行するには大変です。毎日努力を積み重ねてもなかなかその効果は見えてこないので、多くの親たちはいつの間にか仕事や趣味や外のお付き合いに没頭して子どものことや夫婦のことを後回しにしてしまいます。私も何度も子育てに失望しそうになったことがありました。しかし、少し前に長男の結婚式に出て、あの窓を割った一年生が、今では身長190cmの立派な大人になり、教会の前で、美しいお嫁さんを迎える姿を見て、「決して今までの努力は無駄ではなかった。」と思わず目が涙でいっぱいになりました。彼もこれから家庭を築くのに色々な苦労をしますが、彼の中にはそれに成功していくための要因は調っていると私は信じています。それは私も妻も自分たちの両親、更に両親の両親から受け継いだ高価な遺産で、私たちも忠実に自分の子どもや孫に相続させるべきものです。